アンドラ紹介

令和元年10月2日

アンドラ公国は,フランスとスペインの国境にあるピレネー山脈の中腹に位置する,面積468平方km,人口約84000人の小さな国です。公用語はカタルニア語ですが,スペイン語,フランス語,ポルトガル語も話されています。在仏日本大使館はフランス,モナコ公国の他,このアンドラ公国を兼轄しています。

山間の美しい国であるアンドラ公国には,世界各地からの観光客が訪れ,その中にはフランス南西部やバルセロナから足を伸ばす日本人旅行者もいます。土地柄,スキー等のウィンタースポーツで有名ですが,それ以外の時期はハイキングを堪能することができます。また,欧州最大規模の温泉遊園地「カルデア」やロマネスク礼拝堂,美味しい料理とワインも魅力の一つです。

アンドラ公国の歴史は古く,839年にウルヘル大聖堂の聖別証書により,アンドラ人に自治を与えたとされています。10世紀以来,宗主のウルヘル司教と,司教から封土としてアンドラを与えられていたフォア伯爵との間で統治権をめぐる争いが発生した結果,両者は,1278年に対等の封建領主権(徴税権,裁判権,徴兵権)を共有する「対等の宗主契約」を結び,以後,両者がアンドラの共同領主となりました。共同領主の地位は,司教側で現在に至るまで代々ウルヘル司教に引き継がれていますが,フォア伯爵側では当時のフォア伯爵がフランス王(ブルボン朝初代のアンリ4世)として即位して以来,フランス国王に引き継がれ,フランス共和国となった後はフランス大統領に継承されています。その後,1993年2月に新憲法がアンドラ国会で可決,同年3月住民投票で賛成多数で承認され,アンドラは国家として正式に独立しました。

その後,1993年12月に日本はアンドラ公国を国家承認し,1995年10月に外交関係が開設されました。このように外交関係の歴史は比較的浅いですが,基本的価値を共有する日本とアンドラの関係は非常に良好であり,様々な分野での関係強化が着実に進んでいます。

2005年1月には,フォルネ首相(当時)がアンドラの首相として初めて訪日し,小泉総理(当時)との首脳会談において,日・アンドラ協力を一層深めることで一致しました。日本映画祭(1996年,2004年,2006年)や日本歌曲リサイタル(1999年)など,日本文化を広めるためのイベントも行われています。

アンドラ関連リンク先

基礎情報(外務省HP):https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/andorra/data.html
要人訪問(外務省HP):https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/andorra/visit/index.html
海外安全情報(アンドラ):http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcinfectionspothazardinfo.asp?id=297
アンドラ観光局HP(英語,仏語):http://www.tourisme-andorre.net/index-fr.html